音は、軟骨から伝わるか? ③
どんな耳型にも合うイヤチップの模索
軟骨伝導補聴器の開発に綿貫敬介が加わったのは2013年のことだ。振動子開発に取り組んでいた岩倉とは異なる道筋で、暗中模索することになる。それまで補聴器の筐体設計において実績を積んでいた綿貫。ここで担ったのは補聴器を耳に固定するためのイヤチップ(装着部)開発であった。
「開発途中の軟骨伝導補聴器を初めて見た時は、電池も大きくて、これは製品になるのかなと、正直、半信半疑でした。でも岩倉と一緒に開発を進めていくうちに、きっとすごい製品になるだろうという思いが強くなって。最終段階に向けて、どんどん熱量が高まっていった感覚ですね」
困難を極めたのは、この補聴器を使用するであろう人々の耳の形状に、どうイヤチップを合わせていくかという点だった。外耳のない人、手術によってほんの少し耳にくぼみがある人など、想定される利用者の耳は千差万別だ。誰の耳にも振動子を安定して装着させるには、個々の耳に合わせた装着部が必要なのである。
「イヤチップの質量が増加すると、高域の感度が低下するので軽量化を実現しなくてはならない。また別の問題として、なるべく感度を落とさないように、振動する方向を頭の方向に向くようにする必要がありました。そこで、複雑な形状のイヤチップを作成可能な、オーダーメイド補聴器の3Dプリンティング技術を応用して設計を進めることにしたんです」
さまざまな耳型を採取し、3Dスキャニングとモデリングを行った後、3Dプリンティングを進めていく。こうした作業を延々と繰り返したが、軽量化を進めつつイヤチップを安定させ、振動方向を所望の方向に保つのは極めて困難な道のりだった。
「一般的な補聴器であれば耳型を取った時点でその人にあったイヤチップが作れます。でも軟骨伝導補聴器の利用者は、さまざまな耳の形が想定されるので、ひとりひとりの耳を写真撮影した資料も交えて最適な形を探していったんです。その上で重量が重くなってしまうと聞こえが悪くなったり、落としてしまったりするリスクが高まるので、極限まで削って軽量化を目指す必要がありました。当初は製造担当者から、これは実現できないと言われたこともありましたが、ひとつひとつの試作を進めていくうちに、自分や製造担当者の中で蓄積されていくノウハウも確かにありました。ゴールは決して近くはなかったですけどね」
そして、製造担当者と協力してイヤチップの製作法をマニュアル化することに成功した綿貫。その達成感はいかほどだったかと問うと、こんな答えが返ってきた。
「奈良県立医科大学で軟骨伝導補聴器の使用感の検証に立ち会ったんです。お母さんが心配そうに見ている中、小さいお子さんが恐る恐るこの補聴器を装用しました。途端にパッとお子さんの表情が変わったんです。音が伝わったわけですね。それを見てお母さんが涙を流し、もう、私ももらい泣きです。代え難い感動ですよね。頑張ってよかった」
開かれた、補聴器の新たな扉
リオネットセンターの藤嶋葉子は、日々、顧客から聞こえに関する相談を受け、最適なソリューションを提供する、いわば最前線で働くスタッフだ。彼女は軟骨伝導補聴器の登場で、顧客への提案の幅が広がったと話す。
「生まれながらに外耳道が形成されていない方に気導補聴器はご提案できません。そのような場合、骨導補聴器をご紹介するしかなかったのですが、選択肢が広がったのは大きな変化でした。骨導補聴器の振動子は強い圧力で頭部に固定しなければならず、身体的なストレスを感じる方も多くいます。軟骨伝導補聴器は小さく目立たない点もメリットです」
開発に費やしたのは、細井先生の発見から約13年の歳月。その道程はまさに山あり谷あり、ハードルの連続だったが、取扱医療機関は増えつつあり、軟骨伝導補聴器は多くの人の暮らしに寄り添うようになってきた。補聴器の新たな扉は、確かに開かれたのだ。
軟骨伝導補聴器
通常の補聴器ではイヤホンを耳の穴に装着するが、軟骨伝導補聴器は振動子と呼ばれる部品を外耳道入り口の軟骨部に装着し、増幅した音を軟骨部に伝えて聞き取る。通常の補聴器と同様にボタン型電池1個で使用可能。現在、全国102カ所の指定医療機関を受診後に購入可能。
[製品に関する問い合わせ先]
医療機器事業部 営業部
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取材・文/編集部
撮影/赤羽 佑樹
- 本記事は「RION Technical Journal Vol.1」から抜粋しています。
「RION Technical Journal」は、リオン株式会社が発行する技術情報誌です。 私たちの原動力は人を助け、社会を支えたいという熱い想い。そのような情熱と創意工夫による蓄積した技術を丁寧に、わかりやすくご紹介します。是非ご覧ください。
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